人工知能に関する断創録

人工知能、認知科学、心理学、ロボティクス、生物学などに興味を持っています。このブログでは人工知能のさまざまな分野について調査したことをまとめています。最近は、機械学習、Deep Learning、Kerasに関する記事が多いです。



はっきり言い切る姿勢

論文の書き方的な本で家にあった

理科系の作文技術 (中公新書 (624))

理科系の作文技術 (中公新書 (624))

をざっと読んだ。これは有名な本「らしい」。LaTeXの例題でよく使われている。それにしてもこの本いつ買ったのか全然覚えていない。いつの間にか本箱に入ってた。理科系ってことは大学入ってから買ったのかな・・・思い出せない。

その本の6章に「はっきり言い切る姿勢」というのがあって、そこが面白かった。

日本人は、はっきりしすぎた言い方、断定的な言い方を避けようとする傾向が非常に強い。たぶん、「ほかにも可能性があることを無視して自分の意見を読者におしつけるのは図々しい」という遠慮ぶかい考え方のためだろう

理科系の作文技術(p.90)

(「だろう」って…あなたも断定を避けてませんか?という突っ込みは置いておいて)、これに対する木下さんの考え。

論文を書くときに「ほかの可能性もあるのに、それを斟酌せずに自分の考え方を断定的に述べる」ことにはいつも強い抵抗を感じる。英語の論文の場合にはデアルと書くし、日本語の論文でもこのごろはデアルと書くようにつとめているが、それは心の中で押し問答をしたあげくのことだ。ほんとうはデアロウ、ト考エラレルと含みを残した書き方をしたいのである。これは私のなかの日本的教養が抵抗するので、性根において私がまごうかたなく日本人であり、日本的感性を骨まで刻みこまれていることの証拠であろう

理科系の作文技術(p.94)

上の文の終わりが「デアロウ」であるのは印象深かった。これ読んだとき、なるほどと思わず納得した。自分もそうだから。デアルで書くのは何か抵抗がある。自分がその分野で新参者だと思うとなおさら。「新参者のくせにデアル調なんて100年早いんだよ」って感じがしてしまう。このWebページで「らしい」とか「と思う」を連発しているのもそんな心理から。

でも、これは欧米人には通用しないらしい(ほらまた)。欧米人は断定調で書いても傲慢だと思わないのだろうか。そりゃ「自分の意見は絶対に正しい!」「これは真理だ!」って思える(といってももちろん何らかの根拠はあるのだろうが)なら、いくら断定しても動じないだろうが、それはなかなかできそうにない。文化の違いもあるけど、性格の違いもあるかもしれない(ほらまた)。

ただし、科学の世界で表現をぼかし、断定を避ける害は認識している。以後は気をつけたい。この本には他にも報告書、論文などの理科系の文書を書く上での日本語の使い方について書いてある。理解はできても自分ですぐにできるかは疑問。気をつけていてもかなり難しいと思う。

つけたし。記号の使い方のところで面白いのがあった。日本では [ {()} ] の順で括弧を使うのは普通デアル(自分だけってことはないよな・・・)。しかし、外国では { [()] } の順で括弧を使うのが普通であることを知った。以前、論文を読んでいたとき、( ) の次に [ ] で囲んでいたので、おいおい、{ } のが普通だろってわざわざ書き直していたのだが・・・[ ] の方が先だったんだ。