人工知能に関する断創録

このブログでは人工知能のさまざまな分野について調査したことをまとめています(更新停止: 2019年12月31日)

ロボットの技術動向―特許情報から見た開発動向と今後の方向性―

という特許庁の岩谷一臣さんの講演を聴いた。ロボットとは、産業用ロボット、ヒューマノイドロボット、エンターテインメントロボットなどが含まれている。その技術動向をまとめると、

  • 日本は、産業用ロボットの出荷台数、特許数ともに世界一であるが、欧米は追い上げてきている。ロボット企業は日欧が上位を独占。
  • 産業用ロボットの需要は、伸び続け、2010年には約7000-8900億円にも上ると予想されている(1999年は約5000億円)。
  • 非製造業ロボットとしては、農林水産、畜産業、運輸、倉庫、医療、福祉の分野で需要が高まると予測。
  • パーソナルロボットも2010年には今の50倍の需要があると予測されている(ロボットのパーソナル化が成功することが前提なので疑問符つき)。
  • ロボット技術は何に使うのか?という批判。シーズからニーズ重視へ。
  • 日本のロボット研究はヒト型、二足歩行、自律移動のようなヒトと共存するようなタイプを指向。
  • 一方、欧米は現実主義的で産業用ロボットの高度化を指向。
  • 日本はロボットへの思い入れが強い。一方で欧米は単なるマシンとの見方が強い。国民性(宗教、文化など)の差が出ている。
  • 特許の出願状況は、移動型ロボット、把持部(要するに手の部分)、画像処理に関するものが多い。自律・移動型ロボットに必須の人工知能技術、移動型ロボットの制御技術は比較的少ない(しかし、論文としては一番多い)。特許化できるほど技術が成熟していない?
  • AIBOのような対話型パーソナルロボットの出現で音声認識に関する研究が急増。
  • 発表されている論文数ではハードに関するものより、ソフトウェア(ロボットの制御プログラミング、人工知能)に関するものが急増している。
  • 大学では、科学的な課題に関するロボット研究開発が進められているのに対し、企業では機能性、実用性を重視する研究開発が進められている。相互の連携が有効に作用していないとの見方が有力。
  • 日本のロボット政策は要素技術の開発を目的としたものが多い。一方、欧米では宇宙分野など大規模プロジェクトとして明確な目的を持っていて市場の創造、発展に結びついている。
  • 自律・移動ロボットは、現在のところニーズがわかりにくく、研究が進めにくい。
  • デファクトスタンダードはまだない。

自分が重要だと思ったところをまとめた。上の中で一つ疑問に思ったのは、ロボットが福祉、介護に使われるっていうところ。お年寄りは嫌がらないのかな。何となく拒否反応を起こすような気がするんだが。それに人間のヘルパーも充実してきそうだし、ロボットの需要って本当にあるのだろうか。

他にも学習アルゴリズムの動向の話もあった。主に遺伝的アルゴリズム、強化学習、教師信号(教師あり学習?)が挙げられていた。また、自律移動型ロボットに関する重要な論文の著者としては、知能には身体が必要であると唱えたR. Brooksさん、強化学習のR. S. Suttonさん、遺伝的アルゴリズムのJ. H. Hollandさんなどの名前が挙げられていた(知ってるのはこの3人だけだった)。

自律・移動型ロボットに必要な技術としては、移動型ロボット技術、人工知能技術、移動型ロボットの制御技術、画像処理技術、音声認識技術がとりあげられていた。

また、大学・国立研究機関での研究は、10年〜15年後に実用化になる例が多いと説明があった。実際、ASIMOの二足歩行は、1970年代には早稲田で研究されていた!(のですが、HONDAの2足歩行の方がより優れているのは当然です)大学と企業の研究の違い(さらに言えば欧米と日本の研究の違い、欧米は基礎理論・重要アルゴリズム・新概念などを独占している)なんかを考えさせられる。ニーズとシーズの話でも同じようなことを考えた。ちなみに、顧客が求めるものがニーズ(needs)、新しい特別な技術がシーズ(seeds)らしい。

他には、ロボットの今の状況が昔の人工知能の状況に少し似ているなと(不吉なことを)考えた。今、ロボットはROBODEXとかでデモしたりテレビでも取り上げられたりして、結構盛んだが、これって1980年代あたりのエキスパートシステムが人工知能の成功例として盛んに宣伝されたときと似てるんじゃない?ロボットが人工知能と同じ道をたどらないきちんとした(楽観論ではない)見通しってついているのだろうか。自分は人工知能の復権と自律ロボットの最盛期は必ず来て、非常に重要になると(大した根拠もなく)信じているけれど、実際どうなんだろうか。確固とした根拠が欲しい(ってこれからそれを見つけるんだけれど)。