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人工知能に関する断創録

人工知能、認知科学、心理学、ロボティクス、生物学などに興味を持っています。このブログでは人工知能のさまざまな分野について調査したことをまとめています。最近は、機械学習、Deep Learning、Kerasに関する記事が多いです。



なぜ人工知能は失敗に終わらなければならないのか?

ドレイファスのAI批判のまとめは、この本の訳者がうまく表している。

  1. 離散的ビットを用いて明示的に書かれた規則(プログラム)というデジタル・コンピュータの原理に基づく人間知能の理解は、伝統的世界観、つまりは要素主義プラス計算主義の上でのみ成り立つ。
  2. 人間の知能はその世界観によっては説明できず、現象学的世界観からのみ記述できる。
  3. それ故、デジタル・コンピュータによる人間知能の実現を目指す人工知能研究は失敗に終わる。

p.597

また、この本の話題を扱った下の本も読んだが、そこでもドレイファスの主張がまとめられている。

哲学者はアンドロイドの夢を見たか―人工知能の哲学

哲学者はアンドロイドの夢を見たか―人工知能の哲学

要は、今の人工知能の前提である「ヒトの知能は記号によって表現できる」という記号主義、計算主義は昔から哲学者によって既に考え続けられてきている。しかし、記号主義、計算主義はハイデッカー、ウィトゲンシュタイン、メルロー=ポンティ・ポランニーなどによって完全に否定され、既に乗り越えられている。よって、現在の人工知能は哲学者によって否定された路線を進んでいるだけであって失敗を運命付けられているということらしい。ちなみにハイデッカー達の主張する新しい人間理解の論点は、

  1. 対象についての経験を組織化し統一する際には身体の役割が不可欠なものである。
  2. 行動が規則によらずに組織化されうるためには、「状況」が不可欠の役割をはたす。
  3. 状況というものを組織化する際には、人間の意図や欲求といった要素が不可欠である。

らしい。身体の重要性はどこかで聞いたことがある。ドレイファスの主張に対するAI研究者の態度としては、無視したり、最近の研究を評価していないといった反論が(もちろん)多い。が、中にはSHRDLUという自然言語処理のシステムを作ったウィノグラドみたいにこれに触発されてAI批判にまわったという例もある。AI研究者のこれに対する反論も興味があるが、他の本に書いてあるみたいだから読んでみようと思う。こういう議論は不毛な気もするが、読むぶんには面白い。